本当に結婚に向いていない

結婚して5年目になる。普通の人なら、とっくに夫婦2人の生活に慣れている頃だろう。慣れているどころかもう一緒にいるのが当たり前になって、すっかり2人のリズムができあがっているのだろう。心底羨ましい。

私は壊滅的に結婚に向いていない。誰かと同じ空間で暮らすということが、結婚して4年経った今でもとんでもなく苦痛だ。

独身の時から薄々勘づいてはいた。誰に気兼ねすることなく自由気まま。好きな時に起きて好きな時に出かけ、好きなものを好きなだけ食べ、好きな時に風呂に入って好きな時に寝る。この生活こそ至高なのだと。この生活を失ったら、私の人生は色褪せてしまうんだろうな、と本気で思っていた。

その予感は当たっていた。

私が一人暮らしをしていた期間は7年半。あの7年半が、今でも恋しくてしかたがない。

失って初めて一人暮らしの良さに気がついた、と言うならまだ見込みはあった。いわゆるマリッジブルーで、7年半続けてきた生活が一変したんだからそりゃ慣れるまで気持ちも不安定になるさ、一時的なものだよ、と思えた。

しかし私は違う。一人暮らしをしていた7年半、大袈裟でなく本気で毎日、一人暮らしの良さを噛み締めながら生きていたのだ。

よく「真っ暗の部屋に帰るのが寂しくて無理」みたいな話を聞くが、そんなことは一度も思ったことがない。帰ってきて玄関を開けて部屋が真っ暗だったら毎回「ウヒョーーー!!」と思っていた。家に私以外誰もいねえ!帰ってくることもねえ!!こんな自由は他にない。

物の位置が知らぬ間に移動しないのも、一人暮らしの良いところだ。私はそこに置いたのに、人がそれを勝手に動かしたりしているのが許せない。食品の在庫状況が変わっているのも嫌だ。私が使おうと思っていた食材が勝手に使われていたりすると心が折れて泣きたくなる。かと言って「コレ使っていい?」とか確認が入るのも面倒くさい。全部一人でやらせてほしい。

ならなんで結婚なんかしたんだ、と人からは思われるだろう。そんなこと私だって思っている。

私が小さい頃から母はよく「一度でいいから結婚はしなさい。嫌だったら別れればいいんだから」と言っていた。両親はとても仲がいいので結婚は大成功であろうに、母は私の性格を早々に見抜いていたのだろう。

こんな私でも、結婚が決まった時は素直に嬉しかった。交際中から結婚するなら絶対にこの人がいいと思っていたし、プロポーズが遅いことにぶー垂れたこともあった。結婚したくなかったわけではなかったのだ。

「結婚したら変わるんじゃないか」という期待もあった。自由気ままな一人暮らしより、好きな相手と一緒の生活の方が何倍も幸せだと、案外あっさり思えてしまうのではないか。

そう思って結婚に踏み切った。

事実、一人暮らしを手放す重圧は相当なものだった。もう一生「ひとり」の時間はないのだ。縁起でもない話だがもし将来離婚したり、夫が早死にしたりして結果的に一人に戻ったとしても、それは本当の意味での「ひとり」ではない。重い足枷をつけられたような気分だった。

そして案の定、私は一人の時間を生み出すのに今も苦労している。

平日の帰宅時間は私の方が早いが、家にいるとくつろいでいても「今日は何時に帰ってくるかな」とソワソワし、外でバタン!と音がすれば「夫の車かな」と思い今度は玄関で鍵のあく音がしないか耳を澄ます。

そんなことをしているからちっとも気が休まらない。一人になりたい時はカフェに寄ったりして、なるべく家にいないようにしている。

妻がこんな気持ちで毎日生活しているなんて、夫が知ったらどう思うだろう。そう考えると本当に申し訳なくなる。夫はなにひとつ悪くない。ただ生活をしているだけだ。おかしいのは明らかに私の方だ。そんなことはわかっているが、もうこういう人間なのだから仕方がない。そう開き直るしかない。

きっと私のこの「壊滅的に結婚に向いていない性格」は死ぬまで直らないだろう。直らないなら直らないなりに、遠い未来で今のことが笑い話になるように、少しでも面白おかしく生きるしかない。一人暮らしが最高だと思う気持ちも、人と暮らすジレンマも、一人の時間を捻出するのに苦労したことも、忘れないように書き留めておこうと思う。

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